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科学博物館企画展 あしたのごはんのために
篠田謙一

100年前のお米。さまざまな品種が混ざっている。
100年前のお米。さまざまな品種が混ざっている。

 「どんとこい」、「森のくまさん」、「天使の詩」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。何やら観光地のお土産のようなネーミングですが、実はこれらはすべて日本で栽培されているイネの品種に付けられた名称なのです。全国の農業試験場では、品種改良の努力が続けられており、次々と新たなイネの品種が生み出されています。その中で実際の市場に出回るものはごく一部ですが、それでも現在日本で作付面積が五百ヘクタールを越えて栽培されている品種は八十八種類あります

 このように書くと、ずいぶんたくさんの品種があるように思えるのですが、実は明治の初めの頃には、日本では四千種類もの品種が栽培されていたと考えられています。百年ほどで品種の数は劇的に減少したのです。しかも、現在生産されているお米の七割はコシヒカリとその子や孫の品種ですから、生産量でみれば特定の数種だけが栽培されているという、かつて経験したことのない状況となっているのです。

 生物学的に見ると、これは日本で栽培されているお米が持つ遺伝的な多様性が著しく減少したことを意味しています。その原因はどこにあるのか、それが私たちの生活にどのような影響を与えるのか、そしてそもそも生物の多様性がなぜ重要なのか、ということを考えるために、私たち国立科学博物館は、京都市にある総合地球学研究所との共催で「あしたのごはんのために−田んぼから見える遺伝的多様性−」という企画展を開催することにしました。

【左】再現された現代のたんぼ、コシヒカリだけが栽培されている。
【右】再現された西南アジアの麦畑。さまざまな種類のムギが同時に栽培されており、
その中で掛け合わせが起こって新たなムギの種が誕生した。

 品種の減少を知るための鍵が、愛知県の農家に保存されていた百年前の籾にありました。その籾は単一の品種ではなく、さまざまな品種が混ざっていたのです。そのことから、昔は同じ田んぼでいくつもの品種を栽培していたことがわかります。現在の田んぼは単一の品種が栽培されていて、わたしたちはそれが田んぼの姿だと思っています。しかしこのような姿はごく最近になってできあがったものなのです。手間をかけずに、大量のお米を作る。それも食味が良く売れるお米を作る努力は、全国で同じような品種を栽培する結果を招き、それによって栽培品種は減少していったのです。

 昔ながらの多くの品種を同時に栽培することのメリットは何でしょうか。その答えを知るために、現在でも多品種を同時に栽培しているラオスの農家で調査を行いました。彼らは水田ではなく傾斜が四十度もある急勾配の山岳地域で、焼畑によってイネを育てています。焼畑というと今では環境破壊の代名詞のように扱われますが、意外なことにそこで収穫される米の量は、現在の水田と比べてもそれほど遜色のないもので、肥料の少なかった江戸時代の水田よりも遙かに多量の米が収穫できます。数年間使った畑は放棄され、もとの森林に戻っていきます。熱帯のモンスーン地域では、この方法が環境に負荷をかけずに生産性を上げるベストの方法なのです。

 焼畑農民に「なぜ多品種を同時に栽培するのか」と尋ねると、逆に「お前たちはなぜ単一の品種しか栽培しないのか」という質問が返ってきます。多数の品種を同時に栽培していれば、病気がはやったときや、気候が安定しない年でもどれかの品種が実をつけることができる可能性が高いので、壊滅的な被害を防ぐことができます。それが合理的な説明にはなりますが、彼らにとってはそもそも稲作というのはそういうもので、特にメリットを意識してやっているわけではないのです。むしろ理由を考えなければならないのは、過去になかった特殊な農業を大規模に展開している私たちの側なのです。

 人類が農業を始めて一万年ほどの時間が経過しています。その間にさまざまな野生植物から栽培種が生み出されました。そして今私たちが食べている栽培植物は、すべていろいろな品種が同時に栽培されていた田んぼや畑の中から生まれてきました。パンコムギに至っては、栽培種と同時に畑に生えていた野生植物との掛け合わせによって誕生したのです。もちろん、栽培植物として成立させるためには、注意深く観察し、選抜した農民の眼力が必要でしたが、そもそも田畑に多様性がなければそれも不可能でした。

 しかし、品質が似通った品種を大量に作っている現代の田んぼや畑からは遺伝的多様性は失われ、新しい品種が生まれることはありません。またそのことで暮らしの多様性も失われています。農耕民である私たちがかつて持っていた地域に密着した生活や文化は、田んぼや畑の遺伝的な多様性に源をもっていたのです。

 今回の展覧会では、過去や現在、そして世界のさまざまな農業を見ていきます。そして最後に、遺伝的多様性を次世代に継承し、地域ごとの自然に寄り添う暮らしを実現するために、今、どのような努力がなされているかを紹介しています。私たちはこの展覧会が、食の将来について考えるきっかけになればと考えています。

●「あしたのごはんのためにー田んぼから見える遺伝的多様性ー」は、国立科学博物館日本館一階企画展示室にて、2011年1月16日まで開催中

 (しのだけんいち・国立科学博物館人類研究部人類研究グループ長)

 


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