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国立科学博物館の日本館3階では、日本列島の自然史を化石で俯瞰する展示をしています。まず日本を代表する首長竜フタバスズキリュウが、次に世界的にも最古級の魚竜ウタツサウルス、さらに日本で最初に発見された恐竜の化石である愛称「モシリュウ」の上腕骨と続きます。福島県、宮城県、岩手県の化石です。日本の自然史における東北地方の化石の重要性を感じていただけると思います。私は、地震直後から、東北のために何か役に立ちたいと思っていたのですが、何をしてよいのか判りませんでした。研究者としては、東北地方の化石の研究をして、その重要性を学界に発信することだと思います。しかし、私はもっと世の中の多くの人たちと共有出来ることはないかと考え、自分が夏の開展に向けて準備している特別展「恐竜博2011」の中で、東北の化石や博物館の応援することを思い立ちました。恐竜の全身骨格などと比べると小さくて地味な展示ですが、立ち止まっていただきたい展示になりました。
福島県いわき市石炭・化石館から
地震からちょうど1ヶ月目の4月11日、私はいわき市の石炭・化石館の被害状況を調べに行くという展示業者さんの車に同乗させてもらうことが出来ました。展示室の骨格標本は地震で多くが「脱臼」してしまっていましたし、天井から吊ってある首長竜の標本は補強が必要でした。収蔵庫は一般の方の目に触れない部分ですが、こちらの方が深刻でした。床に落ちて粉々に壊れているゾウ類の化石など、その場で専門家が破片を接着させながら拾い集めないと、その標本価値がなくなってしまうことは明らかでした。箱から飛び出してラベルとバラバラになってしまった標本も多数ありました。わたしは、ゾウ類の化石はそのままの状態で触らないようにして保存するようにお願いしました。私は岡山の林原自然科学博物館(会社更生法下で再建準備中)に技術者の派遣をお願いし、2日間しかなかったのですが、仮修復をしてもらい、「恐竜博2011」で展示させてもらっています(写真1)。
陸前高田市立博物館
岩手県陸前高田市は、津波が13メートルにも達し、東京に当てはめると、汐留から杉並区方南町までの内陸まで津波が達したそうで、市全体が壊滅的な被害を受けました。陸前高田市には市立博物館と海と貝のミュージアムという二つの博物館がありましたが、どちらも完全に津波で冠水し、全壊してしまいました(写真2)。市立博物館には6名の職員がいらっしゃいましたが、全員亡くなるか、行方不明になってしまいました。

陸前高田市立博物館は、東北で第一号の登録博物館で、歴史と伝統のある博物館です。陸前高田市には鳥羽源蔵という東北を代表する博物学者がいたことで、博物館に人が集い、地元のコレクションが育つという理想的な環境があり、15万点もの標本が収蔵されていました。博物館の標本はそのままにしていたら、瓦礫と一緒に処分されてしまったかもしれません。しかし、奇跡的に生き残った海と貝のミュージアムの熊谷賢学芸員と岩手県内の博物館が協力して、毎日、瓦礫や土砂の中から標本を探し出す「標本レスキュー」活動が行われました(写真3)。そしてレスキューされた標本は北海道から沖縄まで全国50以上の博物館に送られ、応急処置が施されています。
私は4月27日の朝に夜行バスで盛岡に到着し、岩手県立博物館の学芸員さんと合流し、初めて陸前高田に行くことが出来ました。2階建ての博物館は瓦礫や土砂が建物全体にぎっしりと詰まっていたそうですが、この頃には、岩手県立博物館や一関市立博物館、遠野市立博物館等の職員たち、自衛隊によって、土砂は床から50センチぐらいを残して、取り除かれていました。私は、地学関係の展示があった辺りの泥の中から、博物館の資料の発掘を試みることにしました(写真4)。私自身は重要な標本をレスキューすることが出来なかったのですが、古生代ペルム紀(約2億7000万年前)、この地域が海だったことを示すアンモナイト類の化石などが発見されました。「恐竜博2011」ではその標本とラベルを泥だらけの状態のまま、展示させてもらっています(写真5)。

博物館が出来ること
これまで各地の博物館は、ある意味ではライバルでもあり、お互い個性を競い合ってきました。しかし、いま、全国の博物館は、どの博物館の標本であっても、それは人類共通の財産であり、みんなが協力して次世代に継承していくものという精神に基づき、博物館同士が協力しあっています。
被災地の皆さんとお話ししていると、地元の博物館はあって当たり前で、その存在を特段意識したことはなかったそうです。しかし、震災で家や家財を失ってみて初めて、自分たちの地元のアイデンティティとは、地元の博物館が収蔵して来たものだったりすることに気がついたそうです。博物館が地元の人々の記憶や想い出を過去から現在、そして未来に継承していく場所であることから、博物館には早く復旧してほしいという声を数多く耳にしました。標本はモノだけでなく、そこに物語があります。それはココロと呼んでも良いかもしれません。いま諦めてしまったら、バラバラになったモノとココロを取り戻すことが出来ないのです。私は、そのようなコミュニティの力となる博物館が復興するよう、微力ながらお手伝いしていきたいと思っています。
(まなべまこと・国立科学博物館・研究主幹)
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