= Cntents Menu =
| TOP | 上野の山の文化施設案内 | 雑誌うえの紹介 | 加盟店紹介 | 上野MAP |

 
飛騨の円空 −千光寺とその周辺の足跡 浅見龍介

龍頭観音菩薩立像 江戸時代・17世紀 総高158.3p 清峰寺蔵
龍頭観音菩薩立像
江戸時代・17世紀 
総高158.3p 清峰寺蔵

円空展の準備をはじめて、つくづく思うことがあります。それは自分と円空との距離です。私はふだん土を踏むことなく暮らし、苦労することなく水や食べ物を手に入れます。真の暗闇も知らず、暑さ寒さも冷暖房で忘れることができます。これは多分幸せなことです。苦しみが少なく、快適な方が暮らしやすいですから。けれども冬の厳しい寒さをなんとかしのいだ後の春の到来はどれほどうれしいことでしょう。苦しければ苦しいほどそれを乗り越えた喜びは大きいはずです。私も季節の移り変わりは感じますが、あまり感動もないまま一年が過ぎて行きます。

円空は江戸時代の太平の世が始まって間もない寛永九年(一六三二)美濃国(現在の岐阜県南部)に生まれました。同時代の伝記はなく、前半生のことはまったくわかりません。母を失ったため出家したなどと推測されていますが、確証はありません。はっきりしているのは、円空が西は近畿から、北は北海道まで各地を巡ったことです。これらの地域に円空が造った仏像が残っているのです。北海道の南部、青森、秋田には寛文六年(一六六六)にいたことが、津軽藩の記録や円空が残した仏像の銘文によってわかります。なぜ北海道に行ったか。それは最果ての地、未知の場所に行って、独り頼る知人もなく生きるという挑戦だったのではないかと思います。

宇賀神像 江戸時代・17世紀 総高19.8p/千光寺蔵
宇賀神像
江戸時代・17世紀
総高19.8p/千光寺蔵

これと好対照の例があります。江戸幕府は松前藩からさらに北海道に版図を広げるため、道内に浄土宗、天台宗、臨済宗のお寺を一ヵ寺ずつ建立します。釧路に近い厚岸(あっけし)というところに国泰寺という臨済宗のお寺が今もあります。そこに臨済宗の寺から僧侶を派遣するよう命令が下るのですが、誰も行きたくないので京都五山の僧侶たちは鎌倉の禅僧に押し付けます。貧乏くじを引いた気の毒な僧は任期半ばで亡くなってしまいます。

円空はお寺に留まらず、霊山に登る修行をしつつ旅に生きたようです。窟上人と呼ばれたという伝記がありますから、諸国行脚の宿は洞窟が多かったのでしょう。食糧は野草や木の実、キノコなどだったでしょうか。

図鑑を見てみると山や里には意外に食べられるものが多いことがわかります。栗や胡桃はもちろん、どんぐりも食べられます。中でも椎の実はアク抜きの必要がありません。博物館の庭でもスダジイの実がたくさん拾えます。スダジイの実は生でも渋みはなく、かすかな甘みがありました。栃の実も東京で手に入ります。皇居の近く桜田通りの街路樹は栃です。毎年八月の最終土曜日にわざわざクレーン車を使って栃の実を落としています。自然に落ちるのは秋ですが、そのままにしておくと栃の実は大きく重いので車をへこませてしまうのです。私ももらって来ましたが、栃はとんでもなく渋いそうで、そのアク抜きが非常に大変なため、食べてはいません。日本では縄文時代以来食べてきた歴史があり、特に貯蔵ができるので凶作の年のために備えられていました。

もちろん円空も家に泊めてもらい、火にあたり、温かいご飯をごちそうになったこともあるはずです。今回出品される像の中にも、十数戸ほどの山間の小さな集落のお堂にまつられていたものがあります。おそらく、一夜の宿と施しの御礼に刻んだものでしょう。円空の造る像はとても個性的ですが、像の種類もめずらしいものが多くあります。たとえば、龍頭(りゅうず)観音菩薩、善女龍王(ぜんにょりゅうおう)、八大(はちだい)龍王など龍に関わる像がこの展覧会でも5体あります。通常お寺ではほとんど見ることのない像です。龍は水神なので、これらの像には雨乞いや大雨を止めることが祈られました。日照りや大雨は飢饉、大災害につながりますからその祈りは切実でした。また、宇賀神(うがじん)という食物の神の像もあります。蛇のからだにおじいさんの頭という奇妙な姿ですが、豊作を祈ったのです。鳥の頭の神様は火災除けの神様、秋葉権現(あきばごんげん)あるいは愛宕(あたご)権現だったと思われますが、今は迦楼羅(かるら)と呼ばれています。髪を逆立て、目を吊り上げたこわい顔の護法神像は村に入ってくる邪気や疫病を退散させるための像です。現代のわれわれが可愛らしい、素朴で癒されると感じる像に、かつては必死に祈っていた人々がいたのです。

円空は針葉樹を断ち割って一本の木や枝からいくつかの像を造りました。時期によって変わりますが、鑿(のみ)や鉈(なた)の跡が残り、木目、節なども目立つという特徴があります。円空はおそらく木にほんらいこもっているほとけを彫り出すという意識だったように思います。木は人間よりはるかに長く生き、大きくなり、そして大地に根を張って虚空に幹を伸ばす、地球や宇宙につながる存在です。大きな木には誰もが神々しさを感じると思います。

円空仏はしかし崇め奉られていただけではありません。各地に円空仏で遊んだという話が伝わっています。明治、大正のころまでは川に浮かべて遊んだりしたようです。伝説の中で円空は上人などの尊称をつけるのではなく「円空さん」と親しみを込めて呼ばれています。その人柄、村人との接し方を偲ばせます。

(あさみりゅうすけ・東京国立博物館東洋室長)

 


東京都文京区湯島3-44-1芦苅ビル  〒113-0034
TEL 03-3833-8016  FAX 03-3839-2765


Copyright (c)2002 Ueno Shop Curtain Meeting. All Rights Reserved.