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今から3年ほど前、下町風俗資料館の歴史講座に、講師として小沢昭一さんをお招きしました。年1回行ってきた歴史講座は、20回目を迎えたこの時をもって終えることにしており、その最終回を小沢さんにお願いしたのでした。平成22年2月12日、19日の2回とも、会場の1階展示室は満員の大盛況。あまりに多くの応募者があったため、急きょ2階展示室で音声だけを聞く"聴講"枠を用意したほどでした。そのお話は、相変わらず軽妙にして洒脱、時に面白く時に温かく、会場は大いに盛り上がりました。
下町風俗資料館と小沢さんとのご縁は、今から25年前にさかのぼります。昭和63年に貴重な資料を一点、寄贈していただいているのです。それが「アテムキ」です。アテムキとは、駄菓子屋にあったクジで、一本ムキ、単にムキとも呼ばれました。半紙大の紙の中央に絵が描かれ、左右におよそ2センチ幅の紙を丸めたたくさんのクジが薄紙で貼り付けられたもので、クジに描かれている絵柄によって当たりはずれが決まります。
小沢さんはこのムキについて、いくつか文章を書かれていますが、それによると子どもの頃大好きで、駄菓子屋でむくだけでは飽き足らず、台紙ごと買ってきて家で一人むき続けていたそうです。その快感は、プチプチをつぶしはじめると止まらなくなる、あの感じに近いとか。その愛すべきムキが最近見当たらないと、ある時ふと思い、ご自身の言うところの"探し遊び"がはじまります。しかし東京から名古屋まで探しに探すけれども見つからない。実は、この手のクジは賭け事に使われることもあり、ある時期から製造禁止になっているのです。確かに資料館にある大正時代以前の「紋合せ」というアテムキにも「この紋合せはかけ事には決して使ふべからず」と書いてあり、昔からそんな使われ方があったようです。
苦労した挙句、ついに出会ったのは名古屋のテレビ局の生放送に出演し、子ども時代の話をしていた時のことだそうです。その様子を当時雑誌に連載していた「一銭玉の世界」に、次のように記しています。 「司会のアナさんが私の前に、ベーゴマやメンコなどをズラーッと並べて見せてくれた時、 「ちょっと!いま、その、横によけたもの、見せて下さい……アッ……オッ……」 ドキンと胸にきて、ビックリ仰天です。 「ねェ、これは一体どうしたの!これ何だか知ってるの!これ、大変なものです!」
もう私は半狂乱となりました。(中略)私は、遂にご対面した”幻のムキ”をふりかざし、番組のなかで、買ってきた若いディレクターに土下座しながら、これは大変なものなんだ、そうなんだと、ウワゴトのように繰り返すばかり。まわりはあっけにとられるだけで、番組はあまりおもしろくはなりませんでした。」(『日経マネー』昭和63年4月号より)

左:「上野と私」をテーマに語った下町風俗資料館での歴史講座(2010年2月12日)
右:小沢昭一さんが寄贈してくださった野球のアテムキ
この「幻のムキ」をほどなく資料館に寄贈していただいたのでした。このエッセイには次のような一文もありました。
「戦後パッタリお目にかからなくなったなァ。上野不忍池畔の下町風俗資料館には、とても結構な駄菓子屋が復元されてあるけれど、ムキだけは置いてなかった。しかし、どこかにないものかねェ。」(同)
ムキ探しのころから、資料館を気にかけていただき、しかし館内の駄菓子屋にムキがなかったことを残念に思われていたに違いありません。小沢さん、ありがとうございました。私たちは小沢さんの庶民の生活を慈しむ温かなまなざしと、そしてその思いがこもった「アテムキ」を、大切に大切に受け継いでゆきたいと思います。
(いしいひろし・台東区立下町風俗資料館研究) |